ひねくれ先生のブログ

30代公立小学校教員(算数が好き)が日々思うことを徒然なるままに書くブログ

学び続ける捻くれ者でありたい(自己紹介)

世界を変えてやるんだと意気込んだ初任者時代

 「俺は俺のやり方で子どもを変えて、良いクラスを作ってみせる!」と意気込んだ初任者時代。もともと、「学校の先生」という生き物が好きでなかったため、他人のアドバイスはほとんど聞かない。

「普通はこうするよ。」「みんな〇〇しているよ。」「〇〇したほうが良いよ。」などのアドバイスは全部無視。今思えば、なんと生意気な初任者だったのだろう。

「これがしたい!」と思ったことはどんどん実践した。学年の先生に相談すると「やめたほうが良い」と言われそうなものほど、相談せずに実践。後で怒られても「すみません、やったらダメだったんですね。知らなかったです。相談すればよかったですね。」で乗り切る。「やってしまえばこっちのもの」を武器にガンガン実践。保護者から苦言を呈されたことも少々あったけれど、最終的には「先生に担任してもらえてよかったです。」と喜ばれ、ますます調子に乗る。f:id:capocapo3:20190430090205j:plain

 

高慢ちきの鼻を折ってくれた子どもたち

結果、教職2年目でほぼ学級崩壊を体験。世界を変えるどころか、子ども1人変えることのできない無力さを実感。 本当にあの子たちには申し訳ないことをした。「今の自分だったら、もっと良い体験をさせられただろうな」と反省と後悔しかない。

教員を成長させるのは、結局子ども。自分の今までのやり方では通用しない。どうしたらいいのだろう?と悩み、あの手この手を使ってみる。今の自分ではダメだ。新しい手法を取り入れてみる。諦めることなく試行錯誤したが、一度崩れてしまったものを取り返すのは困難を極めた。最終日に、「悔しいけど、自分の力不足だった。申し訳ない。来年はそれぞれが良いクラスを作って欲しい」と伝えたことは忘れない。 

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一度折れた骨は強くなり、光を見つける

そこから這い上がってこれたのはこのままじゃダメだと思い、自己を変革してきたから。自分のやり方を改めた。

 

学ぶは真似ぶことなり

 

学級通信をもらって丸写し。研究授業を見に行ってそのまんま実践。空き時間は、ほとんど他の教室に授業を見に行った。修学旅行の代休は、先輩教諭の付き人をして教室に潜入。新しい武器を手に入れるには、他の先生から学ぶしかない。

視野を広げてみると、素晴らしい実践をしている先生は多くいるもので、自分の矮小さに気がつく。自分が情けなかった。

後悔と同時に、多くのことを吸収し、自分をどんどんアップデートしていく。とりあえず「やると良い」と言われたことを実践し、子どもの反応を見て取捨選択。

今年で8年目。少しは自分の「こういうクラスを作りたい」が実現できるようになってきたように思う。 この経験から得た教訓は…

 

「こんな捻くれ者でも、困った時は人から学ぶことができる」

「他人を変えたければ、自分を変えることだ」

「学び続ける。それしかない。」

 

自分が捻くれているのは百も承知だが、それでも学び続けるしかない。

学び続ける捻くれ者でありたい。f:id:capocapo3:20190430123547j:plain